「日本の人口減少が経済を悪くしている」は本当か?

日本の人口減少が経済を悪くしている。
もはや常識のように語られているが、私は違うと思う。

20世紀型の経済成長は、あたま数≒生産力≒購買力(消費)であり、
大人数でバッサバッサと木を切り倒し、たくさんモノを作るという
労働集約的な成長だった。
そのため、大人になれば人は誰でもGDP増加に寄与できた。

しかし、最近は、もう日本にも世界にも、新規に開墾できる土地も産業的な隙間もない。
これはシムシティで、マップの全体を、すでに開発し尽くしてしまった状況と似ている。

そのため、未開拓の空白を埋めに行く方法(外部成長)で経済規模を拡大することはできない。
世界の富の量は概ね固定されてしまったわけだ。
グリーンスパンほかも、米国や世界経済の継続的な成長には懐疑的だと言っている。
私もそんな気がする。

そうなれば、限られたパイの奪い合い、もしくは最適化と再開発が飯のタネとなる。

1億総活躍すれば、給料が増えて消費も増えてなんとかなる。
そういうことになっているようだが、消費をするには給料が必要だ。

その給料の源泉は企業の利益であるわけで、
外部成長できないがゆえに、企業の利益は増えない構造になっていて、
労働者に分配できる給料が一定だとすれば、
人口や働く人が増えたら、ひとり当たりの取り分が減るだけではないのか?

なぜ企業の利益が増えないのか。産業構造の変化を考えるべきだろう。
シムシティのマップに余白が多かった時代には、
建設業、重厚長大産業など、チカラ技で外部成長を続けていたので、
人がたくさんいれば儲かった。

しかし、いまは、IT、製薬、知的財産、自動車、エレクトロニクス
など、どれをとっても、設備でモノを作るコピペ産業であり、
1対nの知識と設備の集約型産業である。人間のあたま数は関係ない。
むしろ社員は少ない方が人件費が少なくて儲かる。

これらのコピペ製品が国内でたくさん売れれば、
今まで食えていた人が食えなくなり、ゼロサムだ。
グリーやモバゲーに富が移れば、出版社や印刷会社の富が失われる。
私が、おいしい料理を作れる情報サイトを作れば、
私は富を得られるが、クックパッドの人が同じ量の富を失う。
主役と儲かる人が変わるだけで経済的な成長はない。
(ここは一般的な経済の理論と違うが、経済の持続的な成長が懐疑的で、世界の富が一定だとすればそうなる)

一方、海外でたくさん売れれば
外貨が入ってきて、余計にお金が使えるようになるので消費が活性化する。
それもあり、世界は通貨安競争をしているのではないか。
国内には、すでに切り倒す木がないので海外から富を得るしかない。

外貨が得られなければ、前述のクックパッド理論により、国内の富の奪い合いとなるだけである。
そこで固まってしまえば、国は国民をリストラできないので、
支給総額が一定であるなか労働人口が増えると、逆に食いっぱぐれる人が増えるのではないか?
たとえば、シニアも働く世の中に。となれば、若い人の仕事が減るのではないか?

おじいちゃんも、お父さんもお母さんも、みんな働けば、
収入3倍、消費も3倍とはならないはずだ。
支給額は一定であるから、3人で割るだけである。
なぜなら、世界の富と、世界で必要とされている仕事量は一定であり、
富は足りないが機械化が進んだおかげで人手は余っているからだ。
(それは極論であり、実際には3人で働けば1人しか働かないよりも最適化が進み、多少は多くの富を得られるかもしれないが、それほどではないだろう)

このような新しい世界で飯を食い続けるには、1対nの「1」になる会社をたくさん作り
外貨を獲得することが至上命題となるのではないか。
世界経済は資源の奪い合いである。