2018/01/13

才能を認めてもらうにもお金がかかる

最近、東京藝術大学なる美術界の東大のような学校に通う若者、
そして、バレーボールで東京五輪を目指している的レベルのスポーツ・プレイヤーの若者に出会った。
普段は、なかなか会わない人種である。
彼らが共通して言っていて印象深かったのが、「才能がある人がメジャー・プレイヤーになるとは限らない」ということ。

美術にしてもスポーツにしても、
芽が出て、それを誰かに認知してもらって、一流と認めてもらい、お金がもらえるようになるまでに、非常に時間がかかるそうだ。

美術であれば、その道の大家(たいか)が引退しないと次の人のポジションがないから、長らく待たなければならないとか、
スポーツでも、たくさん試合に出場してポイントを稼がないと上に行かれないから、いろんなところに交通費と宿泊費をかけて顔を出し、件数をこなさなければならない。

美術やスポーツは、基本的にお金にならない。かつ、練習で忙しいのでアルバイトをしている暇がない。
だが、続けるためにはお金が必要だ。
そのため、結果的には、ある程度の才能があるのはもちろん必要だが、親が金持ちなど、お金が続く人が有利な出世システムになっているとのこと。

それが最も顕著なのは音大だろうか。音大には富裕層が多い。富裕層でなければやっていかれないからだろう。
昔であれば貴族が文化振興も兼ねてパトロンをやっていたりしたのだろうが、今の世の中には、なかなか都合の良いシステムはない。

企業スポンサーやメセナ活動などというのも、誰もがスポンサーをやりたいような有名どころにしかお金が行かないシステムだ。
裕福ではない挑戦者を支援するシステムは整っていないようだ。先進国だというのに。

よくよく聞いたところ、国立美大と五輪候補、その二人ともバックアップ的な意味合いで教員免許を取得していた。
彼らのようなトッププレーヤーが、次世代を担う若者の教育者となるのは悪いことではないが、
「先生はねー、東京五輪を目指していたんだけど、お金が続かなくてあきらめました。そして、この学校で教えることになりました」
というのでは、少し悲しい。

東京藝大とか東京五輪レベルの人たちなのであれば、すべて国で面倒を見てあげたらいいと思うのだが。
金にならない活動は民間の仕事ではやりにくい。だからこそ、国費でなんとかすべきなのではないか。
文部科学省や文化庁はもう少しがんばってもいいのではないか。

そもそも、大学ですら奨学金を出さないと行かれない若者が増えているというのに、
スポーツ・美術振興などに当てる金はないと言われればその通りだが「才能はあるけど金がない問題」は、つらい現実である。

ベンチャービジネスなども似たようなものかもしれない。親の支援があり、
「20代は働かなくていい。親が食わしてやるから、おまえはでかいのに賭けろ」
という環境があれば、食っていく心配をしなくていいからやりやすい。
(ベンチャーの場合、富裕な家だと、逆に金を稼ぐことに価値を見いだせないから一生懸命やらないという問題はあるが)

このような才能のある若者たちを埋没されないためには、
2月15日発売の新書「常勝投資家が予測する 日本の未来」(玉川陽介著)光文社新書にも書いたが、
貧困者だけでなく挑戦者をサポートするためのセーフティーネットを国が作るべきだろう。