2019/03/24

日本の製品や街並みがきちんとしている理由-日本のしつけ教育の善し悪し

海外を巡って羽田に戻ってくると、日本に戻ってきた!と感じて、最初にがっかりするのは
預け入れた大型スーツケース(check-in luggage)を受け取る、ぐるぐると回るカウンターである。

まわるカウンターから1メートルほど離れてCart Stopと書かれたラインが引かれているのだが、
このラインから1ミリたりともはみ出さずに律儀に日本人は並んで待っている。
もし、はみ出ている人がいたら、それは私かマナーの悪いアジア人かもしれない。

しかし、よくラインを見てほしい。
Cart Stopとは「カートを線の内側に入れるな。ぶつかるから」という意味であり、
荷物を待つ人が線の内側に入って待ってはいけない。とはどこにも書いていない。
それにも関わらず、一様に一線を越えずに律儀に待っている日本人。
これが外国人の言うところの、日本人のマナーの良さなのだろうか。

この日本人の性質が、日本の社会システムを効率的で精緻なものにしていることは間違いないだろう。
いい加減な業者により迷惑を被ることもなければ、店員同士がおしゃべりして客が待たされることはない。
電車も時間通りに来る。

全体としてストレスが少ない、気持ちの良い社会ができあがる。

その一方、人々はルールやマナーを厳密に守ることを強要され、私語厳禁、遅刻厳禁など、窮屈な生活を強いられる。
気持ちよい社会を作るために個々の自由と寛容性が犠牲となる、トレードオフでもある。

日本を訪れる外国人は、「外国人だからしょうがない」という免責があり、面倒なルールを守る必要はないので、
すばらしい社会システムだけを享受して、日本式ルールを強要をされることはない。
それゆえ、日本をすばらしく感じるのも当然であろう。

そんなことを考えながら、空港を出てタクシーに乗ると、
タクシーは運悪く交番の前で、黄色信号を無理に右折して信号無視の切符を切られた。
ほんの1秒早ければセーフだったのではないかというタイミングである。

私は交通違反の内容を説明する警官に対して「こんな些細なことで取り締まらないで、もっと悪いやつはたくさんいるだろう」という
交通違反FAQに出ていそうな、よくある言いがかりを付けた。

警官は何度も繰り返される言いがかりに対して、もちろんすぐに回答した。
「それは分かっています。でも違反は違反です。違反を放っておくと事故につながったり大変なことになるから、小さな違反でも取り締まりが必要です」
警官の言葉を聞いて、私は、はっと思った。

日本は、問題を起こす前兆となる小さな不穏分子を見つけては矯正し、問題を起こすにすら至らないようにしつける、しつけ社会なのだなと。

そして、それは、小学校の時から始まっている。
私語厳禁、遅刻厳禁など、1分遅刻しただけで何が問題なのか。という議論は無視され、
学校はそういうルールだから。それに従えと犬のように教育される。
小学校は、勉強を教える教育のためだけではなく、日本国民としての素質をたたき込む、しつけの場でもあるらしい。
どちらかといえば、後者の比率が高い気すらする。

また、教員や警官に逆らっても勝ち目がないことも身をもって教えられる。
そして、いつしかそれは日本人共通の常識となっている。

日本人の仕事が精緻ですばらしく、また最も衛生的であるのは
小さな時から、「はみ出すなと言ったら1ミリはみ出しても違反だ」「2列で並んで横並びで歩調を合わせて行進」と、しつけられているからではないだろうか。
少しでもルールと違うことをすれば、誰の迷惑になっていなくても、学校の先生は、「はい、やりなおしー」と、
文部科学省の期待する、きちんとした日本人たる成果に着地するようにしつける。

それと同時に、
政治家が汚職をしたり、原発が放射能を漏らしても、日本人が暴動を起こすことがなくおとなしく我慢しているのも
「上の者に逆らうな」という、しつけのせいだろう。
先生や上司は常に正しい。日本国家の決定など間違っているはずもない。

しかし、このしつけのなかには、クリエイティブで先進的な挑戦をするような思想は組み込まれていない。
ラグジュアリーでデザインセンスが良く、楽しいものを作る精神もない。
それゆえ、成績が良い模範的な日本人はYesマンとなり、先進的なビジネスを生み出すことはできない。

逆に、まともに学校に行っておらず、日本人の常識を身につけそびれた、
「はみ出し者、反逆者、厄介者と呼ばれる人達」がビジネスの場では
(希にではあるが)常識破りな仕事をして活躍できるシーンがあると考えるとつじつまが合う。

私は、日本のきちんとした社会インフラは好きだが、日本人のこの細かくルールを決めて守らせる性質には嫌悪感がある。
地域コミュニティや集団と関わると、いろいろと気を遣わなければならないので非常に疲れるわけだ。
そんな細かいところで目くじらを立てなくても、さぼっている人がいたら誰かが代わりにやってあげたらいいじゃない。
寛容にやってくださいよ。と思う。

しかし、タイのように寛容で楽しいが、いつでもどこでもいい加減な国がいいわけでもなく、
すべてが完璧な国はいまだに見つかっていない。